平成7年1月13日、ニャーが逝った年の桜の花の咲く頃のことです。
トイレに入ると、子猫の鳴く声がします。
お隣さんで、子猫でももらったのかと、思ったのですが、
トイレに入ると聞こえるのです。
2、3日続いたでしょうか、さすがに少し変と感じまして聞き耳を立てると、
どうしてもトイレの隣に位置する、物置からの様に思えます。
物置というより、捨て難い、ガラクタ置き場になっていて、
ニャーが我が家に来た頃の住居だったので、ノラ猫が子供でも生んだのか?
と思いましたが、それにしても鳴きすぎます。
母猫が帰って来ないのか? どうなっているのか気になって、
ガラクタの山をひとつずつ外に出しました。
鳴き声のする所の最後は、木製のりんご箱で、木箱と家の壁との隙間に子猫がいるようです。
隙間に落ちた子を拾い上げられず、親猫が見放したのだろうか…。
これは我が家で飼わなければならないだろう。
でも変な毛色の子猫だったらどうしょう。
最近、外で見かけたノラちゃんの様な、黒に茶色の混じった、
汚い子猫だったら困るな〜とドキドキしながら、りんご箱をどかして見ると、
驚きました。こんな綺麗な子猫、見たことが無いと言う様な、
それはそれは、綺麗なメスの子猫ちゃんでした。
長い間、狭い所に挟まっていたので、耳が片方、折れ曲がっていましたが、
それさえも、チャームポイントに見えます。
白地に淡い縞模様、その縞は青っぽい薄ネズ色で、
生まれて直ぐなので、地肌がピンク色にすけて見えてて、
あ〜綺麗な子猫で良かったと、胸をなで下ろし、
我が胸に抱きかかえましたが、ギャーギャー鳴きっぱなしです。
お腹も空いて、ノドも乾いているからだろうと思い、
土曜日の早朝、病院もペットショップも、まだ開いていず、
コンビニで牛乳を買って来て、脱脂綿に含ませて、
子猫の口に入れましたが、ただただ、鳴くだけで、受け付けません。
でもいくらか口に入ったような感じです。
ムツゴロウの動物王国で、オシッコをさせていた場面を思い出し、
唾を付けつつ、オシッコの出口を、チョンチョンと軽く刺激したら、
プクッとした感じで、水玉の様な物が出て来て、
それから、タラタラとオシッコが出てきました。
オシッコも出たのでひと安心したものの、いっこうに、鳴き止みません。
素肌に抱いて、人肌で暖めても、泣き癖の付いた子猫は黙りません。
身体に似合わず、とっても大声なのです。
このまま何時まで鳴き続けるのだろう…。
今日、明日は連休で私が居るから良いが、子猫連れで電車通勤も出来ないだろうし、
母には、2〜3時間置きの授乳は、出来そうにないし、
どうしようと、途方に暮れていると、母が、
「猫が外でウロウロしているよ! 母猫じゃないの?」
と言うので、見てみると、家の回りで何回か見た事のある猫です。
親にまかせた方が良いと、母は言いますが、
あまりにも綺麗な子猫で、手放すのが残念でしたが、
やっと目が開いたばかりの子猫、授乳の事を考えると、
育て上げる自信も無く、母の言う通り、母猫に託す事にし、
小箱にいれて、物置の前に連れて行きました。
野生動物は人の臭いが付いた子は、警戒して
殺してしまうと云う話を、一瞬思い浮かべましたが、
ノラ猫とはいえ、人間の近くで生活しているのだし、
子供を思ってウロウロしている母性を信じて、
母猫の定めた巣(物置)の前に置いたのですが、
相変わらず、ギャーギャーしばらく鳴いていました。
静かになったので、母猫が新しい巣に連れて行ったのかと、
見に行ったら、箱の中で、子猫がぐったりとしていました。
回りを見回わすと、近くの塀の上で、先ほどの母猫が、
ボスノラ猫と思われる猫と2匹並んで、こちらを見下ろしています。
アフリカのオスの野生ライオンが、子連れの母ライオンに、
自分の子供を生ませるために、母ライオンの子供たちをかみ殺し、
母ライオンも、自分の子供をかみ殺されたにもかかわらず、
憎いはずの相手と、子供を作る行為をしている、
テレビ番組を見たのを思い出しました。
人の臭いの付いた我が子に危険を感じ、母猫が殺したのか、
あるいは、ジャマな子供を悪ボス猫がかみ殺したのか、分かりませんが、
とにかく腹立たしくって、初めて動物に石を投げて、追い払いました。
あんなに鳴かなかったら、母猫に返そうとは思わなかったのに…。
とか、母猫がウロウロしている姿を見なかったら…とか、
鳴き疲れるまで、待つべきだったか…と、
悔やむ事ばかり…。
子猫に申し訳なくて、悔し涙にくれました。
小さな小さな、亡がらを抱えて、
ペットの火葬場、回向院に連れて行きました。
受付で、なんでも良いですから、名前を付けて下さい。と言われました。
急な事で、何と付けようか迷いましたが、
けい内の桜の花を見て、桜の花の咲く頃、桜の花と共に散った
小さくて、きれいな命、桜の花の子…、桜子にしました。
台帳に◯◯桜子と記帳され、死んで我が家の子供になりました。
合同火葬ということなので、分骨してニャーのお墓に置いても意味ない様に思い、
合祀の方にお願いしたところ、1週間後位に合祀されますので、
その頃お参り下さい。と言われました。
確実に帰って来ているであろう10日後に慰霊碑の前で、
「桜子ちゃん、帰って来ていますか? ニャーが近くにいるから心配ないよー」
と話していた時、さーっと一陣の風が吹き抜け、
花の様な、香水の様な、何とも香(かぐわ)しい、
甘い香りが吹き抜けていきました。
「桜子ちゃん、居るんだね、解ったよ!」と言ったのですが、
あの甘い香りは、何? 何処から来たの? と近くを探しましたが、
その甘い香りの根源が見当たりません。
近くに花の咲いている木も草もありません。
近くの人間のお墓の花も、慰霊碑に手向けてある
お花も切り花ですので、花の匂いもありません。
その後、半月程してから、ニャーの所にお参りに行った時、
「桜子ちゃん、来たよ! 居ますか?」と声を掛けると、
前回程、強くはありませんが、同じ匂いの風が吹き抜けました。
「あっ、居るね! ニャーと仲良くするんだよ!」と言いつつ、
また、匂いの元を探しましたが、やはり見つかりません。
匂いの風が吹き抜けたのは、その2回だけで、
その後は「桜子ちゃん、居ますか?」と声を掛けると、
毎回ではないものの、不思議と、サーっと一陣の風が吹き抜けます。
風の通り道といえばそれまでですが、
吹き抜ける風と、あの匂いは何だったのだろう…
と今だに疑問が残ります。
今、こうして桜子の事を思い出として、文章にしている傍で、
ラブがくつろいでいます。あの子が不幸な死を迎えなければ、
ラブの様な猫に成長していたのではないかと、思い巡らしました。
青みがかった、薄ネズ色の縞模様は、黒に近くなっていますが、
お腹の白い産毛に地肌のピンクが透けて見えてて、桜子のお腹にそっくりです。
もしかしたらラブは桜子の弟?…。
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